乳房外Paget病のその人は、入院した日のレントゲンで左肺全体が無気肺になっていた。
その上に、40℃に達する発熱が続くようになった。
食事はもちろん、薬も飲めなくなって、うつろな表情で一点を見つめるだけになった。
そして、全く声を発しなくなった。
家族を集めて話した。
「点滴も血管が細くて入りません・・」
『カテーテルを入れてまで点滴をして欲しいとは思いません・・』
『自然に苦しまないように・・看取ってください・・』と懇願された。
酸素吸入をし、痛みと発熱には座薬を入れて・・口からは少しの水分を取りながら・・彼女は遠い一点をうつろに見つめている。
家族は聞かれる・・『これから、何に気をつけたらいいでしょうか?あとどのくらいでしょうか?』
「急変はあり得ます。予後を予測することは難しいですが。。数日というところでしょうか?」
「僕たちはこういう状況が日常茶飯事になっていますが、家族の方にとっては一生に一度しか無いことです・・・どうか、落ち着いてお別れの気持ちを準備してください。静かに看取ってあげましょう・・」
息子さんは、目を真っ赤にしながら『僕は側で手を握ってあげることしかできませんが、それでいいでしょうか?」
僕も・・母を見送ったあの時を思い出した
『それでいいんです・・』

コメント
コメント一覧 (4件)
「お別れの気持ちの準備」
その優しい言葉かけに。。。思わず涙しました。
今。。。「千の風になって」の詩が脳裏をかすめます。
穏やかな旅立ちを願ってやみません。
手というのは
ふしぎですね。
手をにぎりたくなる
やさしさに ふれたいとき
手をにぎられると おちつきます
ふあんで こわいとき
手をにぎると かくごします
これで おわりなんだと
でも
なにかが はじまるんですね。
わたしも
手をにぎりしめて 見送った
ともだちを たいせつな人々を おもいだします
もう 手をにぎれないけど
私は母を見送れなかったので…。手を握って送れる側も送ってもらえる側も、言葉が見つからないけれど、いい別れだったのだと思います。
本日、午前3時7分・・その人は家族に見守られながら・・静かに旅立ちました。
穏やかな死でした。