僕が、この地域で往診を始めて、もう17年目になる。
総合病院にいた頃には、往診はしたことがなかった。
外来で、患者さんが来るのを待っていた。
彼は、蒔絵の絵師だったようである。
大きな古いお屋敷で夫人と二人暮らしであった。
多発性脳梗塞のため麻痺も進み、認知症も進み、ほぼ寝たきりとなっていた。
そんな彼を、定期的に往診するようになった。
和室にベッドを置いて、彼は横たわっていた。
夫人は、もうこんな状況ですからここで看取ってあげたいんです。
よろしく御願いします。と言っておられた。
1年くらいの往診で、いよいよという状況になっても、夫人は慌てずに
『よろしく御願いします。』と言われていた。
僕も、いつも『それがいいですね。わかりました。』と応えていた。
ついに、彼は自宅で夫人に見守られて亡くなった。
その後、夫人は一人暮らしになったが、肥満と糖尿病があり、診療所に通院されるようになった。
糖尿病は軽度であったが、肥満があり、年月が経ち、足腰が弱って、診療所まで歩いて来れなくなった。
一人暮らしでもあり、訪問診療、訪問看護で看ていくことになった。
訪問介護は頑固に拒否されていたが、徐々に受け入れるようになった。
しかし、デイサービスに行くことは頑固に拒否された。
やがて、自宅の庭先や玄関で転倒することが多くなって入退院を繰り返すようになった。
その頃に、肝硬変になっていることがわかった。
いわゆる、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)からの肝硬変であった。
腹水や浮腫が目立つようになった。
今はもう、92才になった。
認知症はないが、がんこになった。
転倒して身動きできなくなって入院しても、『帰りたい』と言われる。
点滴は頑固に拒否される。
娘さんが、時々訪問されるが夜間は独居である。
そんな彼女が、いよいよ衰弱してきて、夫が昔寝ていたあの場所、あのベッドで同じように寝たきりになりそうになってきた。
先日の往診で、僕は言った。
「昔のご主人に近づいてきましたね。だんだんとベッドの上の生活になりますね。
一人暮らしが心配だから、入院してもらってもいいですよ。点滴も検査もしませんから。」
彼女は応えて言った。
『先生が、やっと本当のことを言ってくれたから、うれしいです。』
『私は、昔の夫のようにこのベッドで、同じように先生に看取って欲しいんです。よろしく御願いします。』と。
「わかりました。毎日みまもりができるように、ケアマネージャーさんにもたのんでヘルパーさんに毎日来てもらいましょう・・」
隣で、娘さんが大きく頷いていた。
時は巡り、人は老いていく。
大切なものは何なのか?
僕はまた患者さんから教えられた気がする。

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