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赤いランプの終列車

緊急の呼び出しで出かけた時には小雨が降っていた。
診療所まで、車で行って、それから往診鞄を取りに行って、軽の往診車に乗り換えて出発した。

息子たちに囲まれて、ミチさんはあえいでいた。
『しんどいわ~、しんどいわ~』と言う

腹膜偽粘液腫でもう2年間、診てきた。
診断は腹部CTと腹水の細胞診で決着がついた。ジュレ状の濃い粘稠な腹水で決定的であった。
診断はついたものの、90才ではどうしようもない。
腹水もぬけないでそのまま自然に診てきた。
2週間に一度の定期受診には必ず、3人の息子のだれかが付き添ってきた。
いつも、軽く笑って、『先生、どうもないよ』という。
病名も、病状もみんな知らせた上でのことだがしっかりしており、『先生に任せるしかないわ』と言っていた。
ついに通院が困難になって、3ヶ月前から往診にした。
腹部は異様に巨大であったが、なんとか少量の食事もできて、便通も保たれていた。
しかし、ついに食べられなくなり歩けなくなり、呼吸も苦しくなった。
『入院したって、なんもできんやろし、家にいさせて欲しいです。』と本人は言った。
息子も隣でうなずいていた。確かにその通りで入院してもどうしようもなかった。
住み慣れた家にいて、息子達に囲まれているのが一番の幸せと思った。
事実、そうであった。
この1週間は、何度も往診に行った。しかし、何もできなかった。
ただ、診察して話を聞いてあげるしか無かった。
『先生、もうはよ死にたいわ~』
『はよ、お迎えきてほしいわ~』というばかりであった。
息子達も落ち着いていて、『お母さんは苦しいのにいつも唄を唄ってるんですよ』と言う。
何の唄か息子に聞いても知らなかった。
本人に聞いたら、『演歌ですよ。春日八郎の“赤いランプの終列車”という唄であること』を教えてくれた。
そして、苦しいながらもその一節を唄うのだった。
自分も、息子達もびっくりした。

別室で、『今夜かもしれません。看取りは息子さん達で見送ってあげてください』と説明して、一旦診療所に帰った。
その30分後、カルテ記載をしていた時に携帯電話が鳴った。『今、息を引き取りました』と。
直ぐに折り返して訪問した。ミチさんは静かに横たわっていた。
息子さんたちは何度も何度も、『ありがとうございました。』と言うばかりであった。
帰りは、雨が本降りになっていた。

 

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