彼は、今年の夏の暑い日に救急車で運ばれてきた。
いわゆる熱中症と思われた。
生活保護を受けている独居男性70才である。
意識がもうろうとし、身体は汚れて爪が伸び無精ひげを生やしていた。
独居で診療を拒否していたとケアマネージャーは言っていた。
勝新太郎に似ていた。
付き添いで来たのは、ひとりの若い女性であった。
この場にふさわしくない清楚な美しい女性であった。
ケアマネさんによれば、患者の娘さんということであった。
弱ってきているということを聞いて、わざわざ東京から来たと言う。
彼女は韓国籍で東京の某大学に留学中という。
意識のない父親の長く伸びた汚い爪を切ってから東京に帰ると言っていたことを今でも覚えている。
その彼が、全身状態は軽快したが、低ナトリウム血症が一向に軽快せず、精神不安定で常にいらいらしたり、ぼうっとしたり、看護師と喧嘩したりして、周囲に大変に嫌われていた。
『先生、早く帰してください!』といつも言われるようになり、
当の本人もいつまでここに置いておくのか?と文句をいうようになって、歩行障害もあるため、訪問診療にいくこととして退院させた。
しかし、その初回往診に行く日にまた路上で倒れているのを通行人に発見されて、救急車でよその病院に担ぎ込まれたようだ。
そこの病院でも、少し良くなると、医師や看護師と問題を起こした。
どうやら精神疾患があるようで精神科に診せたいが本人が拒否しているということで、再び自己退院に近い形で退院となった。
往診に行くと、そこは小ぎれいな学生向けのワンルームマンションであった。
廊下には、かっこいいロードレーサーバイクが部屋部屋のドアの前に立てかけてあった。
彼の部屋に入ると、なにやらぶつぶつつぶや言っている。
『先生なあ、わしはなあ・・すぐにいらいらして・・来てくれる看護師さんやヘルパーさんと喧嘩になるんや・・あとでしまった!と思って謝るねんけどもう遅い。どうにかしとるわ!それになんか、食欲が全然あらへんし、しんどい・・どうしてやろ?』
どうやら、まだ低ナトリウム血症が続いているらしい。
SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)
なのか?と頭をよぎった。
『塩辛いものを食べてよ』というしかなかった。
その彼が、数日後ほとんど食べなくてぐったりしてきたということで再入院になった。
“勝新太郎”はあきらかにやせてきている。
そして、点滴をすると余計に状態が悪くなる。
水制限すると意識が戻る。
やはり、SIADHの診断基準を満たすようである。
この薬は、特殊で製薬会社に申請登録しないと処方できない。
また、肺がんや膵臓癌に伴うことが多いとされる。
しかし、肺がんも膵臓癌も見当たらない。
食欲が無いので内視鏡をしたところ、早期食道癌を見つけてしまった。
つまり、SIADHと食道癌なのである。
その特殊な薬を試みているが改善に乏しい。
精神不安定はこのSIADHによる低ナトリウム血症のためであろう。
ありのままを彼に説明した。
すると、『ちょうど70才や。潮時やからええねん。このままでええですわ!』と。
しかし、かれの家族には話さなければならない。
かれの家族は複雑だ。
奥さんはいるというが連絡はとれないという。
離婚はしていないという。
東京の娘は韓国にいる愛人との間にできた子供だという
長男は道楽息子でマリンスポーツで自分の金を使い散財したという。頼りにならんという。
三男が横浜にいて良い子なんだが長男と仲が悪く長い間もう連絡もとれないという。
本人は現役の頃は建設会社の社長をしていたらしい。
どういう事情でか、会社も家庭も崩壊したらしい。
彼のことを心配して駆けつける家族はいない。
『金がなきゃ・・みんな散りますわ』とぽつんと言った。
娘や韓国の母親は日本語も不十分で彼のことに、どうこうは言えないと彼は言う。
やれやれ、これからどうなることやら。

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