今日は京滋緩和ケア研究会に参加した。
特別講演のタイトルが山折哲雄氏の『日本人の死生観』であったからである。
山折氏の話に会場はシンと静まりかえった。
深い深い感銘を受けた。
最初は日本人の自然観、長い長い風土からくる『無常』感があると言う。
地震災害で家も家族も失った被災地の人々が、なんと穏やかな表情をしているかということ!
これは外国の被災地の人々には見られないことだと言う。
確かにそうだ。
なんと穏やかな、やさしい表情をするのか?
それは、自然と『無常』感が身に付いているからだと言う。
次に人間は誰もが捨て子であるという。
捨て子であることを意識することが大事であると言う。
釈迦は生後7日目で母親を失い、いわば捨て子になった。
釈迦は自分の息子に「悪魔(ラーフラ)」という名前を付けたことで、子供を捨てた。
妻との愛欲の果実は・・「悪魔」ということからか?
また、29才で妻と子供を置いて出家してしまう。
そうすることで二度も子供を捨てた。
息子にとって、釈迦は殺しても殺したり無いくらい憎い存在であったはずだ。
それが、釈迦の説く教えを信じるまでになる。
釈迦の9番目の弟子になったのだ。
その過程はどれだけ苦難に満ちたものであっただろう。
人間は一人であり、宇宙の一部であるということがわかったのだろう。
人は、そのおおきなるものに還るのである。
親のない子は夕陽を拝め。
夕陽の真ん中に「親」が見える。
これは柳田国男が好きだった子守歌。
夕陽を拝む習慣がやがて「親」から・・「仏」が見えるようになるからだと言う。
釈迦の十番目の弟子にアーナンダがいる。多聞第一と言うそうだ。
何でもじっと良く聞くからだそうだ。
そのアーナンダが釈迦の息子を救ったに違いないと言う。
ターミナルケアはじっと良く聞くことである。
聞いて聞いて・・言葉が限界に達したら一緒に自然を見ることだと言う。
そこに言葉は要らなくなる。
素晴らしい講演であった。

コメント
コメント一覧 (2件)
以前、メンタルケアをほんの少しかじったことがあります。
そのとき、悩み苦しんでいる人の話をひたすら聴き、
その人の心に寄り添うことが大事だと教えて頂きました。
その次はいっしょに自然を見ることなのですね。
またいいことを教えて頂きました。
ありがとうございました。
『良く聞くことが大事だ』とは以前から、言われていましたが、山折氏の講演で再認識しました。
山折氏と河合隼雄氏は親友同士でそれぞれ宗教家と臨床心理士ですが、その違いは何だろう?ということが二人の間でずっと課題になっていたそうです。
結局『人の言うことを、聞いて聞いて聞いて、聞き続ける』ことで一致していると感じられているそうです。
能狂言でシテ(亡霊)が嘆き、罵り、叫ぶ・・そのことをじっと聞いて聞いて聞く以外のことはしない役目がワキの僧だそうです。
こんなことを聞いていると・・能狂言を一度見に行きたくなりました。