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迷い

昨日は府医師会館で開催された胃瘻と栄養管理についての講演会に出かけた。

聴衆は開業医らしき先生方、老健の管理医師、勤務医、看護師、栄養士の方々などのようであった。
胃瘻の概論と管理についての話があったが、質疑応答では適応についての質問が多かった。
演者は、『ケースバイケース』と逃げ腰であったが、質問者は現場の悩みをぶつけていた。

嚥下不能で胃瘻を作られる患者の中で、老衰とも言える患者が多くいることは確かに実感する。
家族の顔もわからなくなって・・ただ生きているだけの老人に胃瘻を作って7年も8年も生きている・・
家族が、こんな状態なら胃瘻はして欲しくなかった・・と言われたという。
経済的にも圧迫されて・・家族からは悲痛な叫びがあるという。
もう、胃瘻はやめて欲しいと言われたと言う。
一方で演者は、餓死させたら老人虐待と言われかねない社会情勢もあると言う。
演者は胃瘻の管理で自己抜去されないために、介護服が有用と言われる。
しかし、老健の管理医師からは、介護服を着せると、拘束にあたり虐待と言われるそうだ。
転落防止のため、ベッド柵を多く設置すると拘束ととられるという。
介護施設では、このような現状で困っておられるとのこと。

悪性腫瘍のターミナルケアでは、自然に看取ること、強制的な栄養投与はしないことなど定着してきたと思うが・・老人においてどうなのかコンセンサスはまだないのが現状だろう。
日本人の多くは、自分がそういう状態になったら、胃瘻までして生きていたくないと思うが、親がそうなったらして欲しいと言う人が多いのだろう。
老衰の定義がはっきりしない。
生物は自身のDNAの中に有限の生として、死が組み込まれているのだろう。

老人は脳萎縮が進行し寝たきりとなり、自分の意志を伝えられなくなる。
僕は患者さんの家族に老人はだんだんと赤ちゃんのようになっていかれますと言うことがある。
赤ちゃんにもどって、やがて宇宙に戻るのだと思う。
赤ちゃんはこれから生きるため、これから歩き出し成長するために・・
老人はこれから死を迎えるために・・・

栄養管理も大きな視点を抜かしたら、間違いを犯すことを知っているべきだと思う。
やはり、医師はリーダーにならなければいけないから、独断ではいけないが、家族の気持ちを十分に聞き、今後の起こりうることを話し、慎重に適応は決めるべきだろう。

僕は何人かの老人を、栄養を投与せず、枯れ木が朽ちていくように看取ったことがある。
家族は感謝され、その死に顔は崇高に見えた。

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (4件)

  • 認知症の方や、座位もとれないような終末期の高齢者の方への胃ろう造設は、実際本当にこれで良いのかという迷いがある中で行われていることも多いのでしょうね。かと言って、意思表示の出来ない高齢者に「胃ろうはしない」という代理決定を行うのも勇気がいる気がします。
    高齢で食べられなくなった方に対しては「命を助けるという事は、ただ命を存えることなのか」などという気持ちにさせられる状況もあります。
    (出来ればご本人)ご家族の意向を確認し、どう看取っていきたいのか、という思いを尊重していかれれば良いのですが。
    食べられなくなっても、家族や医療関係者に手厚く介護され苦痛なく穏やかに逝かれるのですよね。
    そういうご家族や医師に支えられながら最期を迎えられる人は幸せだと(私は)思います。

  • そうですね。
    できれば、本人がしっかりされているときに意志表示されていれば一番理想的ですが、そんな人はめったにいないですね。
    家族の気持ちを十分尊重しなければいけないと思います。
    死生観をおしつけてもいけないし・・・ただ、しっかり考えてもらいたいです。医者が勧めると断りきれない家族も多いと思います。両方の選択肢を十分考えていただきたいと思います。
    始めてしまったら・・後戻りできないという面があります。
    人工呼吸器をつけて外せなくなった状態と似ているところがあります。

  •  はじめまして。私は頚椎椎間板ヘルニアで最近下肢にしびれ感や熱感があり不安に思って、頚椎椎間板ヘルニアで検索していたら、こちらにたどり着きました。
     3年ほど前、私は右腕に激痛があって3週間入院していたのですが、その頃母は肺気腫と胃がんで入院していて、この胃婁の話がありました。介護施設で働いている親戚が「本人を苦しめるから自分の親にならしない」と言ったので、してもらいませんでした。母は痩せて呼吸も苦しくなり、徐々に弱っていき半年後亡くなりました。
     母が病床にあったとき、痩せて衰えていく様子をみるのも辛かったけれど、私だけが頼りの母を放ってはおけず毎日見舞っていました。何もしてあげられなかったと思うと今も涙が出ます。母には胃婁をしなくてよかったと思います。
     母を思い出したので書かせていただきました。

  • ゆっこさん、コメントありがとうございます。
    きっと、お母さんはゆっこさんの気持ちがわかっていて、幸せだったと思います。
    肺気腫と胃癌であれば、胃瘻はしなかった方がきっと良かったと思います。
    何もしてあげられなかったことはありませんよ。
    あなたの思いは十分伝わっていると思います。

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