「午後3時21分・・ご臨終です」
ベッドサイドで息子さんが号泣された。
僕は一礼して、病室を出た。
患者さんは、卵巣癌で癌性腹膜炎だった。
総合病院へ入院した時はもう手遅れだった。
食事が入らなくて、点滴をされていたようで・・それが嫌で半ば自己退院に近い形で自宅に帰った。
以前のようには歩けなくて、腹水がいっぱいで、寝たきりになった。
総合病院では腹水はゼリー状で抜けないと言われたので腹水は貯まるにまかせてあった。
総合病院からの紹介で、初めて往診に行った時、その患者さんは言った。
『前の病院ではね~ かわいい顔した看護婦さんがね~ 点滴は嫌やと言うのに両方の腕を射しまくるのよ~ 痛いから止めて〜というのにねえ~ おまけに板を腕にくくり付けてまで点滴するのよ~ もう二度と病院へは行かないよ~・・・』
息子さんはそばで苦笑いをされた。
「じゃあ、点滴無しで食べれるだけ食べて行きましょう! 定期的に往診しますからね」と僕は応えた。
息子さんには別室で説明した。
「おかあさんの希望通りに診ていきましょう・・その場合、早いと思います。急変しても救急車は呼ばないで、家族で看取ってください。急な場合はできるだけすぐ来るようにしますが、自宅で看取るということは、医師や看護師がつきっきりではいられないということです。」
「救急車を呼んだらダメですか?」
「救急車を呼んでどうされますか? 救命処置を望まれますか?」
「・・・・」
「最期になって、慌てることが一番いけません」
「わかりました。頑張って看取ります」
数日後、食事を誤嚥して肺炎になった様子で、呼吸困難が出てきて苦しがるので・・急遽在宅酸素療法の手配をした。
もう近いと思われたその日の夜・・患者は救急車で当院へ入院していた。
どうやら、患者本人が「こんなに苦しいのに病院へも入れないのか?」と息子さんを責めたからのようで、息子さんが迷っていると遂に患者本人が「救急車を呼んで!」と懇願したそうだ。
入院した後、「点滴をあれほど嫌がった人だから・・点滴はしないで酸素だけでそっと診ましょう」と家族に説明した。
その数時間後、家族から「本人が『点滴もしないんなら、家に帰る』と言い出している」と相談があった。
本人の発言力が強いおうちのようで、息子さんも母親の一喝には叶わないようだった。
こんなにばたばたしていては、大変ですから、本人の望まれるように点滴して肺炎の治療をしましょう・・ということになった。
点滴をして、抗生剤を使用したところ肺炎は治癒した。
しかし、腹水は減ることは無く、頑張って管を入れて抜いてみたが、まさにゼリーで400CC抜くのに人力で注射器で力いっぱい引かなければ抜けない。両腕が痺れた。
おそらく数リットルは貯まっているから、それだけ抜いてもほとんど変わらない。
しかし、それに感激されたのか?『ここは良い病院や~』と言われた。
それから、小康状態が続いた。しかし、食事は全く入らず、点滴によって延命されている状態であった。点滴は腕からではなく、そけい部の静脈から中心静脈栄養のカテーテルを入れていたから苦痛はなかった。
そして遂に・・今日のこの日を迎えたのだ。
安らかな顔であった。
自宅に居れたのはほんの1週間・・そのために往診、訪問看護、ケアマネジャーの選定、介護申請など多くの手続きを取った。
たくさんの書類を書いた。
重いボールの一つが落ちた。

コメント
コメント一覧 (3件)
重いボールを キャッチしてもらえると
多くのピッチャーが 信じてるけれど
キャッチャーの手のひらが
どれだけ痛く
心が
どれだけ痛いか
私はそこが気になる
生きているから
キャッチャーができるのではなくて
心があるから
キャッチャーが出来てるのだと思う
世の中
支える人が
見えないとこで
支える人が
背負ってる
背負ってくれてることに
感謝を忘れたらいけないと思う
こんにちは。先生のブログは私がブログを始めた頃から
気になっていました。更新されないのかな、と思って
いましたが、気付けば新しい記事があって嬉しく思いました。
私は6年目の内科医ですが、先生とは感覚が近いというか、
わかるなぁ、と感じる事が多いです。
私も緩和には興味があります。
また訪問させて下さい。出来ればリンクもさせて頂きたい
のですが。
ほさん・・ありがとうございます。
そう言っていただくと、こころの重荷が少しとれます。
いつも・・自分にとって日常茶飯事なことが、人にとっては一生に一度の重大事なんだということを感じます。
じゃがいもさん・・研修がんばって下さい。
6年目ですか?その頃は神奈川にいました。僕にとっては、懐かしい思い出です。
常に人間を部分で捉えるのではなく、全人的に捉えましょう
いつも・・一番大切なものは何か・・考えるようにしましょう。
リンクは歓迎します。