66才の男性を地区の福祉課が紹介してきた。
総合病院へ何とか通院していたけれど、通院中に路上で転倒して意識もおかしく緊急入院になった患者。
今は意識ももどり、外傷も脳内血腫もないけれど、脳梗塞の後遺症があって、歩行困難であり、不随意運動があるので、
近くの診療所で診て欲しいというのである。
全くの初診なので、状態も詳しいことはわからない。
通院困難、独居とあらば、介護、往診を考えなければならない・・
とりあえず、入院してもらって全身状態を把握してから在宅にしようと考えた。
入院の説明もしなければならず、とりあえず臨時の往診に出向いた。
そこは、近所で有名なやくざの事務所があるマンションでその人は2階に住んでいた。
訪問すると、すぐに入れてくれた。
こぎれいなワンルームマンションであった。
しかし、その人ははくパンツにシャツ姿でよたよたと歩いてきて、全身が小刻みに揺れていた。
手足は太く、腹も出ていて長く歩行不能だったとは思えない
栄養状態も良さそうだ。
部屋にはベッドと机、他のものは散乱していた。
机の上には誰かが買ってきたのだろう・・巻き寿司といなり寿司のパックが置いてあった。
その人は、どもりながら話す・・どこかで聞いた様な気がした。
そうだ・・・例の裸の大将ではないか!
頭は薄くないけど・・映画やテレビで見たあの裸の大将が目の前にいた。
どもりながら、よく話す・・・
それは、とりとめの無い方向へ逸れていくので途中で中断して聞きたいことを聞かなければならない。
そうだ・・この人の物語を聞かなければならない。
これから主治医として、どれだけの付き合いになるかもしれないけど・・
僕の名前を言うと珍しがったが、すぐにおぼえた。
認知症は軽いようだ。
かれの物語が始まる
京都の生まれだそうだ
3才の時に、大阪で空襲にみまわれて、両親を亡くしたという。
親戚も広島にいて、全員原爆で死んだという・・
彼は3才で、他人に育てられ、その育ての親も高齢で病弱で次の親に引き取られたと言う
そして、その育ての親も経済的にやっていけなくて、また親が変わったという
何とか義務教育は受けたらしい
18才の時に、自分は一人で生きていこうと思って、名古屋の住み込みの工場に勤めたと言う・・
毎日過酷な労働で、ついて行けなくなり・・故郷に帰りたいと思って、仕事をやめ、京都までやってきたという
木津川あたりで、懐かしい風景に出会い、そこの河や川原や砂地や野山で生活をしたという
そこで・・病気になって・・・今に至った
結婚したことはないの?
『 一度も・・』
子供はいないの?
『 ひとりも・・』
恋愛したことはあるの?
『 私はね・・ね・・演劇が好きでね・・いろんな女優さんが好きやった・・』
『 劇の中の女性には恋をしたよ・・でも現実には一度もないよ・・』 と寂しげな顔をした。
だから・・彼には独りの身寄りもいない
天涯孤独なのだ
『 これから、よろしゅうおたの申します・・』
彼の物語に深く感動した。
Narrative based medicineを行っていく上で問診は大変重要であり、その人の事を知って初めて医療が実のあるものになる。

コメント
コメント一覧 (3件)
お疲れ様です
患者様の過去を知る事で人を知り、信頼関係が出来ていくものなのですね。
こぎれいな部屋や誰かの差し入れ・・・・きっと周りから愛されている患者様なのでしょうね
私も、今週末あたりに
新しい出会いがあるかもしれません。
若くして難病を発症し、家族以外には会おうとしないし
家族も他者と会わせようとはしない。。。。
そんな彼女が私の訪問を待っているそうです。
彼女と、そのご家族の心の扉を開いて。。。
寄り添うことができるでしょうか?
でも。。。。やらなければ。。。
扉は永久に開かなくなるかもしれないわ。
コメントにはなりませんが、いつもレオンさんのブログの更新を楽しみにさせていただいております。そして、その内容を夫と語り、「こういうお医者さんもいるんだね。」と感動しております。
実は、色々あって、医者をあまり信用してないものですから…。
応援してます。