大晦日の救急搬送老人について・・・
その老人は救命し得た。
しかし・・これからの問題が大きい。
つまり、こういう経過なのだ。
現在、83才であるが、痴呆と歩行障害があって、4年前に老健施設に家族が入れたようである。
ゆっくりと弱ってきて、歩かなくなり、数ヶ月前に別の老健へ転所していた。
その後、寝たきりとなり、徐々に食べなくなっていったと言う。
12月中旬にはほとんど食べないため、家族に今後どうされるか相談があったようだが、家族が思案している間に正月休みに入り、大晦日の朝に介護士が訪室するとぐったりして脈も触れず、意識もないので・・・慌てて救急車を呼んだのだ。
診察すると高度の脱水状態で、ショック状態に陥っていた。
血液検査では、電解質バランスはおおいにくずれ、尿毒症状態であった。
すぐに輸液を開始して、腎血流を保つように薬剤を用いたところ、数日かけてやっと血圧も戻り、尿も出始めて、意識ももどった。
しかし、脳のCTを撮ると高度の萎縮があり、会話もできない高度の痴呆がある。
食欲も無い。食べない。むせる。つまり老衰といってもいい状態なのだ。
救命したが、結局もとの状態に戻ったわけである。
胸部レントゲン、腹部エコー、血液検査では悪性腫瘍があるようには見えない。
つまり、老年期痴呆の末期状態である。
これから、どうするというのだろう?
中心静脈栄養は感染の合併が多く、長期には入れられない。
経口摂取を試しているが、誤嚥すると肺炎になってしまう。
結局、鼻腔栄養をして、次は胃ろう(PEG)造設ということになってしまうだろう。
この段階で家族は自然死を望まれるだろうか?
家族は何を望んでおられるのか?
どんな死生観をもっておられるのか?
生きるとはどういうことを言うのか?
老い、死をどう考えておられるのか?
自分の場合はどうか?
親の場合にはどうなのか?
もっと考えておくべきことがらだろう・・
日本人の死生観はおかしくなったのだろうか?
個別的な問題なのだろうか?
大晦日の状態は、つまり自然死の理想形態であったのだろうと思う。
家族にスタッフにきちんとした死生観さえあれば・・
しかし、事前に死の教育ができていないために、慌てて救急車を呼んだ。
救急車で搬送されれば救命せざるを得ない!
蘇生しながら、僕は家族に「どこまで望まれてるんですか?」と叫んだ。
家族は訳がわからないらしく、「人工呼吸や延命を望まれるのですか?」と問いただした。
そうしたら、みんなで相談されて「できる限りのことをしてください」と言われた。
だが・・その言葉に力強さは全く無かった。
どうしていいかわからないから・・そう言ったようにしか感じられなかった。
あさって、今後のことについて家族と話し合うことになっている・・

コメント
コメント一覧 (13件)
新年あけましておめでとうございます。
あまりコメントを残しませんが、いつも拝見させていただいております。今回の件も、大いに考えさせられました。
自分の場合は過度の延命治療は遠慮したいです。この事を家族に事前に伝えておかなくてはと思いました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
カシミアさん、明けましておめでとうございます。
コメントありがとうございます。
こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
療養型病棟で働いてますが、いつもこの問題を頭の隅にかかえて仕事をしてます。
老いるとは?生きるとは?死ぬとは?人間とは?
死ぬことは、悲しいことです。でも、悲しいのは誰が?周りです。
死んだ本人はうれしいかも?それはないにしても、仕方ないことと諦めてるんじゃないでしょうかね?というか、諦めるしかないのですけどね。
僕はすぐに諦めるからこういうことが言えるのかもしれません。
実習で、指導者の看護師さんに看護師が諦めてはいけません。と指導をうけました。看護は諦めた時点でおしまい。
なるほど!その通りだと思いました。いまでもそう思います。
僕は仕事を変えようと思い、3月で辞めます。
どうも僕にはむいてない。だいたい男に看護はむいてないのかもしれない。
えいじさん、こんばんは。
愛する人との別れは本当に辛いですね。
もし一番大切な人がそんな状況になったら、私はやっぱり、1秒でも長く生きてもらいたいと願うことでしょう。逆に自分が先にそうなったら… やっぱりできれば長く生かしてもらいたいです。
私は現実にそういう場面に立たされたことがないので、その本当の辛さはわかりません。経済的なこと、時間的なこと、人によっていろいろ状況も違うのでしょうね。
でも、すべてを取り除いて、シンプルに考えてみると、ごくごく単純に、好きな人とはいつまでも一緒にいたい、少しでも長く時間を共有したいです。私の正直な気持ちです。
「あの世」というものが本当にあるのかどうか、私は知らないので…。
ガバチョさん、びっくりしました。
仕事辞められるのですか?
僕の勤める病院では男性看護師が2名います。
よく頑張っていますよ。一人はコックさんからの転向です。もう一人は医学部めざして浪人中です。
僕は多くの死に立ち会って、ターミナルケアをスタッフと語り合っていく中で行き着いた結論は・・『生命の質』ということです。そして命には限りがあると言うこと。
不治の病がある限り、人によって生命の限りもそれぞれになってしまうこと。寿命があるということ・・
そう言うことを考えると、生きている毎日がどれだけ充実しているか?が問われてきます。
愛する人とどれだけ関われるか・・ということだと思うのです。だから、苦痛を抱えながら・・意識も無くなり、意思疎通がとれない、食べられない、呼吸できない・・という状態では諦めることは大変重要な事でもあると思います。
延命が“絶対”では無い、生きている質が問題なのだと思います。医療者はそう言う視点で診ていくべきだと思うのです。もちろん、価値観を押しつけてはいけないのですが。
さわさわさん、コメントありがとうございます。
あなたの気持ちはすごくよくわかります。
でも・・この老人の場合は、年老いて、痴呆が進み、家庭の事情とはいえ、老健施設に入れられてしまって、愛する人との関係が4年もの間、疎遠になってしまって、歩けなくなり、脚の拘縮も進み、食べれなくなってしまったのです。
そういう老人が、点滴や鼻からのチューブあるいは胃ろうからの栄養で人工的に生かされている状況は愛のある生活と言えるのでしょうか?
僕にはどうしても、そう思えないのです。
静かに看取る勇気が必要で、それが家族の愛と思うのですが・・
クリスマスからしばらくローマとベネチアに滞在しました。むこうに滞在するといつも考えさせられます。「生きるって何かな?」って。
だって、なんだかイタリア人と日本人は生きている意味が違うような気がするのです。島で成り立っているベネチアには、お墓だけが存在する島があります。お墓のための島?です。もし、私が死んだら、勝手にそこに入ることはできないけれど「灰ぐらいはまきに来てね」と頼んであります。
本当にそうしてもらえるかどうかは、死んでしまえばどうでもいいのです。だけど、生きている間に「もし、私が死んだら。。。」ってお願いしておきたいだけなのです。
イタリア人は、死んでからも「生きている」ような気がします。それはきっと生きている間に、人と人の間に忘れようとしても忘れることのできない濃厚な関係があるからのような気がします。
家族の少ない私は「先に逝ったもの勝ち」だと、今は思っているのです。いくら自分が長生きしたとしても、逝ってしまうのを見届けるだけでは、辛すぎるからです。
だから私も「先に逝ってるからね。待ってるよ。」と言って心を失くした時点で人間業をやめたいと思います。
「心を失くす」のはどの状態でそうなるのでしょう? そういえば、年末ジョン健ヌッツオ氏がヘルニアでキャンセルした仕事がありました。紅白には出られたのでしょうか?
イタリア人はおおいに生を謳歌するのでしょうね。
人生観、死生観も日本人とは異なるのでしょうね。
僕自身もこころを無くしたら生きていてもしようがないと思います。
大晦日は当直でしたのでじっくりと紅白は見れませんでした。だから、ジョン・健・ヌッツオ氏のことは知りませんでした。ヘルニアとは?椎間板ですか?
心配になりました。
あたしも今まで二人の老人にかかわりました
一人はあたしの祖母で育ててもらった人でした
痴呆になっていき、それをずっと見ているのはすごく辛かったです
辛くなったあたし達家族は祖母を老人病院に入れてしまいました
もぅ15年も前の話です
老人医療に対する見方もかなり悪かったように思います
設備の悪い病院で結核にかかり祖母は壊れた頭の中母の名前を呼びながら死んでいきました
すごく後悔が残り、今でも辛いです
そんな悲しい経験があったので次に旦那の叔母が痴呆になったときはどの家族よりよく世話ができたとおもいました
あたしが探してきたよい病院で叔母は安らかに病院生活を送りながら亡くなりました
人は経験によって育つものだと思います
叔母が危篤になったとき主治医から今後のことについて相談がありました
叔母が元気なときにあたしにゆってたように言いました
「自然のままにしてください」
もちろん親戚、旦那、姑からは延命を望みましたが
一番近くにいたあたしの意見を取り入れてもらい、叔母は安らかにきれいに亡くなりました
家族で家で看取るのは中々大変だと思います
周りのサポートがあってこそだとおもいました
mugiさん、コメントありがとうございます。
仙台へは在宅医学会に参加するために行ってきます。
家で看取った人も多くなりましたが、人それぞれで条件も異なりますね。
でも、やはり末期癌とか不治の病とか老衰の患者さんは自然な看取りが一番いいと思います。
そして、一日一日をどれだけ充実して愛情に囲まれて過ごせるか・・にかかっていると思います。
在宅医療、緩和ケアは『安心で』と『自然に』がキーワードですね。
昨日の地域福祉セミナーは、ある緩和ケア病棟師長の看取りについての講義でした。
熱く語りかける彼女に対して、ある民生委員が「わしらは家で死にたい!家族も家で看取りたい!そういった気持ちもわかって欲しい」と叫びました。
訪問看護師としては,実に耳の痛い言葉。。
このセミナー。。医師会にも声をかければよかったわって思いました。
夜は晩酌したいから留守番電話。麻薬は使わない。
患者さまには、救急車で病院へ行けというのに、開放型ベットを使ってくれない。
これでは、支援体制どころか。。。
住み慣れた環境で家族に見守られながら
安らかに人生の幕を閉じる。。。
そんな生き方を応援するネットワークを作りたいです。
ほんとに。
そうですね。地域の本当の要求をきちんと捉えて対応できるしくみが必要ですね。
医師会も旧態然としていて、なかなか動きません。
尾道とかは別みたいですが・・・
それもそうですが・・日本はどこか間違った方向へ進んでいる・・とさだまさしの歌詞にあったけど、おかしい方へ行ってますね。
政治が悪いと思います。
自殺者は交通事故死より多いのですから・・
尾道ですか。。。
私は長野がいいのかなって思っていました。
諏訪中央。。佐久。。
長野には色平哲郎先生がいらっしゃいますよね。。
あの先生の講演を聞きたくて
一昨年、広島で行われた自治体病院学会に行きました。
本も買いました。カリスマでしたね。」
確かに政治が悪いのかもしてないけど
一度、地域の先生方にお聞きしたいわ。
どうして開業されたのですか?って。。。
そして、病院にも問い掛けたい。
今後、急性期病院としてのプライドだけで生き残れますかと・・・