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観光地の片隅で

今年も終わろうとしている。
今年も、多くの人を見送った
それぞれが、それぞれの物語を抱えて去っていった。

往診は楽しい。
患者さんの物語を聞き、感動する。

もうすぐ、一人の男が亡くなる。
もう6年くらい診てきた元日本陸軍中野兵学校出の男である。
彼は、愛想の良い愛人と観光地の片隅にある古びたアパートの一階に住んでいる。
内縁の妻とふたり暮らしというわけである。
この内縁の妻が他院に肝不全で入院し、良くなって退院するけど、退院したあと
往診してもらえないか?という紹介であった。
視力障害もあり、下肢の筋力も衰えて通院ができないので往診してやって欲しいというものであった。

初めて訪れた時から彼はそばのベッドで寝ていた。
脳梗塞後の左半身不随なのであった。
しかし、冗談がおもしろい男であった。
離婚して、今の女性と同居しているという。
子供はいるがもう、音信不通という。
女は祇園で元芸子をしていたという。
典型的な京言葉を話す人だった。

彼の方は別の診療所になんとか通っていたが、いつか妻と一緒に往診で診るようになった。
往診するといつも、楽しい会話があった。
彼女の京言葉と彼の卑猥な冗談であった。
壁にはいつも日本人女性のヌード写真が艶めかしいカレンダーがかけてあった。
つい、視線をうつすと彼にからかわれた。
男は川柳を綴るのが趣味であった。
以前は週刊誌にも投稿していたという。

そんな彼が3年前に突然腸閉塞になって、総合病院で手術してもらったら進行大腸癌であった。
原発巣は取れたけれど、非治癒切除であった。
入院して環境が変わると、せん妄が出たらしく、主治医も困り、告知もできなかったようだ。
退院してからも、彼女から『気が弱い人なので、がんのことは絶対に言わんといておくれやす〜』と手を合わされた。
ふたりは、最初から病院が大嫌いであった。
彼女も肝硬変があるから、定期的にいろいろ検査しないと・・と言っても、
『私は結構です。このまま、こうやって、先生にきてもろたらそれでええんです!』
男も同様なことを言い、好きなたばこはいくら言っても止めなかった。
『僕は京大の白菊会に入ってるし、アイバンクも入ってる。何かあったら、先生、たのんますよ〜』

そういう彼が、いよいよ肝転移が進行して末期となって、衰弱してきた。
暮れが近いと言う時期に・・・。
家で看るか・・入院して看るか・・という話になった。
自宅へ関係者が集まり、話し合った。
かなりの腹水がたまり、両下肢がすごくむくんできていた。
起き上がれなくなって、彼女の弱った身体では介護ができなくなっていた。
特に下の世話が大変で、夜になると幻覚がでるらしい。
彼女は寝ずの番をして、げっそりして、集まったケアマネージャーやヘルパーさん、訪問看護師さんもこのまま、自宅で看るのは難しいと率直に意見を言われた。
それを、聞いていたのか、本人が『わし、入院する!』と言った。
あれほど、嫌がっていた入院を自らが志願したのであった。

そうやって入院してきたが、やはりひどいせん妄が出てきた。
配膳をちゃぶ台をひっくり返すようにぶちまけた。
看護師が悲鳴をあげる。
入院となったけれど、点滴も抗がん剤も使う予定はない。
痛みのためのオキシコンチンとせん妄予防の薬を内服し好きなものを食べてもらって、病院で看取るつもりだ。

彼のドラマチックな人生が終わろうとしている。
陸軍中野兵学校を出て諜報活動をしていたと言っていた。
博学な人物であるが、観光地の片隅で彼女とふたりきりのひっそりとした生活を送っていた。
そんな、彼がもうすぐ逝く。

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 在宅ホスピスのmixiのコミュから訪問させてもらいました、初めまして挨拶が遅れてしまったこと失礼します 往診等精力的にされていらっしゃるんですね、敬服いたします。私は看護師の資格を取るのが遅くて、まだまだ一兵卒なのですが、現在は外来から病棟に半年だけ居て、現在老人保健施設で働いており、ターミナルケアに関しては現在実の母が癌で闘病中で色々と勉強になりました。まだまだ勉強不足なので、皆様に色々と教えてきた抱きたく存じます。どうぞ色々おしえてくださいよろしくお願いします

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