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握手

○○さんが退院する。

はじめの頃は、回診に行くたびに、毒づかれていた。
『あんたなんか・・大嫌いや!なんでこんなところに入院させるの?早く帰して!』
『帰してくれないのなら、勝手に帰るよ!』

彼女は、もう70才を超す独居老人だ。家には白い猫が一匹いるだけだ。
身寄りは遠くに甥がいるだけだと分かった。
『クマさんに言って!』『もう帰るから迎えに来て!』と。

クマさんとは、どうやら、ケアーマネージャーの姓をそう呼んでいるのだと分かった。
入院の原因は右の下腿の火傷だった。
救急車で連れてこられた時は、背中のカーデガンにも火がついて焼けこげていた。
下腿の火傷は皮下まで及んでいて潰瘍を作っていた。
右の脚は浮腫で腫れていた。左の下腿はもっと腫れていて、曲がらなかった。
左の下肢は全体がリンパ浮腫のためであった。

昔に子宮癌で放射線治療を受けたからだ。
腹部CTでは、左の腎臓が萎縮して機能していなかった。
これも、放射線治療の後遺症と予測された。
軽いが慢性腎不全があって、貧血もあった。栄養障害もみられた。
整形外科医に診て頂くと、股関節も膝関節も変形性関節症の末期状態で機能していないとのこと。
つまりは歩行不能、いざることしかできないのだ。

こういう患者が、こういう状態で診療所の100メートルと離れていない路地裏でひっそりと何十年も生きていたのだ。社会から孤立したように・・

あまりに退院を急ぐので、早期退院の指示をして、訪問診療と訪問看護を開始した。
往診すると、乱雑な部屋の中で、寒さに耐えて、電気ストーブにあたっていた。
枕元にパンと牛乳が置いてあった。
危険を感じた。春が早く来ないと・・また・・火傷するのでは?ひょっとすると火事を出すかもしれない。
ベッドを入れ、電気ストーブは止めたほうがいいと説明したが聞き入れない。
『よけいなお世話や』と。

数日後往診すると、熱を出していた。
痰混じりの咳をして、食事が入らない様子だった。
おしりには・・案の定、大きな床ずれを作っていた。
「○○さんねえ・・もう一回入院しようか」
『もうええ、私はここがええんや・・ここで死ぬんや!よけいなお世話や!』
誰も心配する家族はいない。
壁に掛けた夫の遺影が哀しげに見つめているだけだった。

「いや、僕の判断で入院してもらいます!」
と病院の職員に指示して車で連れに来てもらった。

・・・こんな再入院から、1ヶ月が経ってあさって退院する。
再入院した時は、熱があって苦しいのに、僕にさんざん悪態をついた。
『あんたはなあ・・私のためやなくて・・病院が儲けるために入院させるんやろ~』
『悪い医者や』

ふと・・自分が悪い医者なのだろうか?と思った。
抗生剤や吸入療法、点滴をしたら、数日で熱が下がり、もりもりと食事を食べるようになった。
床ずれ(褥創)も処置で少しずつ軽快した。
理学療法士にリハビリを依頼したが、ベッド上での端座位がやっとでポータブルトイレにも移れない。
あまりにも重い脚と曲がらない脚をもてあましてしまうからだ。

クマさんと介護の人と病棟看護師と訪問看護ステーションの看護師と介護器具のレンタル業者などとケアカンファレンスを開いた。
本来は特別養護老人ホームへの入所が望ましいが2~3年待ち・・
一応は申し込みをしておいて、当面は在宅介護、在宅療養ということになった。

自宅で365日、24時間ベッド上生活をしてもらわなければならない。デイサービスにも行ってもらおう。
しかし、ベッドを入れることを納得してもらわないと前に進めなかった。

回診の度に、僕は嫌がる彼女に握手を求めた。
どうして、そうしたのかは今考えても、分からない。
最初はプイとよそを向いてしまった。
それから、いやいや握手に応じるようになった。
今では、握手を喜んで受け入れてくれる。
ベッドを入れることも受け入れてくれた。
『たまちゃん(猫)と暮らせるから嬉しい』と僕に感謝してくれるようになった。

誰から聞いたのか・・僕が大きな手術をしたことを知っていた。
『先生も辛い思いしたんやなあ・・私・・ごめんね・・』
と最近は握手では無くなって・・僕の痺れた手や腕をマッサージしてくれるようになった。
振りほどこうにも離してくれないのだ。
僕はとても・・嬉しかった。

もうすぐ・・温かい春が来る。
もうストーブもつけなくて良いし、ベッドの上での生活だが・・
ヘルパーさんや看護師や熊さんや僕が訪問するから、寂しくないし、安心してくれるだろう。

あさっては○○さんの退院日だ。
タマちゃんと元気に暮らす○○さんを診に行くのが楽しみだ。

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (3件)

  • とてもいいお話ですね
    たまちゃんが待つお家に無事に帰られましたか?
    猫は私にとっても本当に心の癒しです 
    この患者さんにとっても生きる支えなのでしょうね。
    握手は心が温かくなりますね
    握手を求めてくださる先生に出会えて
    患者さんは 本当に良かったですね
    これからも一期一会の先生でいて下さい

  • 初めまして!こんばんわ(^^)
    偶然このブログを発見しました。
    心あたたまるお話ですね。
    これからも楽しみに読ませていただきます。
    今日は私が参加した学会の隣の会場で未来の地域医療に向けた学会が行われていたようでした。

  • からからさん、コメントありがとうございます。
    看護婦さんでしょうか?
    患者さんへのチーム医療が上手く機能した時はうれしいです。
    患者さんのそれぞれの物語によく耳を傾けて・・・
    しかし・・医療制度に矛盾を多く感じます。
    これからも感想や意見を聞かせてください。

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