『あべちゃん~』・・・と看護婦達は呼ぶ。
そんな、愛嬌のあるおばあちゃんである。
最初の出会いは、腰痛で整形外科に5年前に入院してきたときである。
腰椎の圧迫骨折でひどく痛み、寝返りもつらい状態だった。
貧血があり、整形外科の主治医が診て欲しいと言うので診察したのが始まりだった。
脊椎圧迫骨折というものは、おばあちゃんに大変多い病気である。
ふとしたことから、転倒してしまったら、なってしまった・・ということが多い。
まず、最初は激しい痛みである。寝返りも辛いので、おしめになったり、膀胱に管が入る。
痛みのために、食欲が落ちたり、腸の動きが悪くなってひどい便秘にもなる。
この辺の管理をきちんとしておかないと、床ずれができたり、尿路感染を併発したりする。
安静にばかりしてしまうと、廃用症候群を起こして寝たきりになってしまう。
2週間は安静で管理し、後はがんばってリハビリに励んでもらう。
そうすれば、また歩けるようになる。
腰は曲がるけれど・・
そういう時期を乗り越えて、彼女の貧血の原因を探らなければならなかった。
高齢者の貧血の多くは、消化管の癌である場合が多い。
胃カメラと便潜血がまず行うべき検査だ。
あべちゃんは胃カメラも嫌がったけれど、ちゃんと説明したら、『そうか・・受けなあかんか・・』 と言って、しぶしぶ受けた。
癌は無く慢性胃炎だけであった。
しかし、便潜血が陽性だった。
かなり、大腸癌があやしい・・
またまた・・大腸造影検査の必要性を説明したら、しぶしぶ『そうか・・受けなあかんか・・』と言って、しぶしぶ受けた。
結果・・横行結腸の3センチくらいの癌であった。
苦しかったけれど、ありのままを説明した。
『せんせなあ・・もうええわ。86やもの。ほうっとくわ~。このまま手術せんと様子みさして~』とせがまれた。
本人の意志は尊重しなければならないが、家族に話さなければ・・・と家族を捜したら誰もいないことがわかった。
『わたしにはな・・・ひとり息子がいたけどな・・若い時に・・不埒なことをして・・・勘当してやったんや! もうずっと長いこと、会ってない! 会おうとも思わん! わてのことはわてが決めます!』と言った。
それから、僕が主治医となってこの5年間往診を続けてきた。
狭いアパートの自宅の中を何とか伝い歩きができた。
毎日ヘルパーさんが来て、時々訪問看護婦が来て、2週間おきに僕は往診に行った。
毎週月曜日に行くデイサービスが楽しみになった。
春は桜、秋は紅葉、さまざまな行事が楽しみになった。
大きなお風呂に入れるのも気に入ったらしい。
若い男性のスタッフもお気に入りのようであった。
こちらは、いつ腸閉塞になるか、いつ下血するかひやひやしていたけれど、あまりの明るさにこっちも往診が楽しくなった。
そして、全く元気なので大腸癌の存在すら・・無くなったのではないか?と思われるほどであった。
彼女は時々、若いときの写真を見せてくれた。
それはそれは美しい・・・今で言うスーパーモデルであった。
セピア調の写真であるが、粋な帽子をかぶったり、ハイカラな洋服をまとった美女の写真がそこにあった。
雑誌のモデルをしていたという。
今も顔立ちは端正である。
そんな彼女が今、入院して・・最期の時を迎えている。
腸閉塞を起こし、周囲のリンパ節にるいるいと転移をおこし、衰弱している。
意識はしっかりしている。
相変わらず、冗談も言ってみんなを笑わす。
僕は・・その冗談を聞いて・・涙が流れそうになる。
91才・・彼女の最期が近い。
東京からついに息子がやってきた。
ケアマネージャーが探し当て、連絡を取ったのだ。
僕も初めて会う人であった。
まじめそうな人であった。
『わたしは若い頃無茶をして母親を苦しめました。いまさら会える立場にはありません。すべて先生にお任せします。』
孤独だったけれど・・あべちゃんは回りの人々を楽しませ、和ませて、人生を生き抜いた。


コメント
コメント一覧 (4件)
最期のときに息子さんと会えたのかな?あべちゃん。
91歳まで全うして生きたあべちゃん
あべちゃんの人生を聞きたかったな
でもきっとつらいこともそうとは言わず
さりげなく伝えるんでしょうね
在宅医療ってやはりいいですね。
それを支える人たちってすばらしいです。
これからも患者さん中心の医療を行ってください
「あべちゃん」から いっぱいの愛をもらって、
「えいじ」さんから いっぱいの愛をあげたのですね。
素敵な信頼関係ですね、涙があふれました。
息子さんは結局、会わずに帰りました。
あべちゃんにはいろんなことがあったと思いますが、聞くこともできず、
たぶん、聞いても応えてくれたかどうか・・
そうです・・さりげなく・・話をかわしていましたね。
俳句や川柳も上手に作る人でした。
誕生日には若いスタッフに囲まれて、満面の笑みが良かったです。
いい人生だったね!
愛し合ったわけではないのですが・・信頼関係はできていたと思います。
いつも、往診の帰りには腰が痛いのに玄関口まで来てくれて、車に乗り込むまで手を振ってくれるんですよ。
運転手もそれがわかっているから、しばらく、間をとってくれます。
おそらく、天国へ行ってもあの笑顔でいつまでも手を振っているでしょう・・・
きっと、そう思います。
「愛」には恋愛の「愛」だけではなく、
信頼の愛、尊敬の愛、いつくしむ愛などもあります。
えいじさんの心に残れたのですから、
あべちゃんはいい人生でしたね。
でも、やはり息子さんと会って欲しいです。
子供のことを思わない親はいないでしょうから・・