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八甲田山へ登りたい

今年も、祇園祭が終わって梅雨が明けた。
診療所を出るとじんじんと暑くめまいがしそうだ。
彼は、一ヶ月前に奥様とふらりと現れた。

大学病院からの詳しい診療情報提供書を持参して・・・
すらりと背が高く、色浅黒く、髪の毛は薄いけど、とても精悍な彫りの深い顔をしている。まだ、50代である。
十二指腸乳頭部がんおよびその肝転移が彼の病名であった。
一年間の闘病は膵頭十二指腸切除術および肝切除、それに引き続く抗ガン剤治療であった。
しかし、その抗ガン剤も無効という判断で・・・緩和ケアを求めて・・紹介された。
顔中で笑顔を現してはいるが、その後ろで奥様が哀しい表情で静かに見守っていた。
彼は現役の小学校教諭である。

『僕は今年の2月までの命でした。。それがここまで生きているのは奇跡だと思っています・・』
『こんな状態だけど、仕事は休まずこなしてきました・・』
『これからは、大学病院にも行きますが、いずれは先生にすべてをお任せしようと思ってきました。』と言われる。
うしろで、奥様が静かにうなずいておられた。

そうやって、もう一ヶ月が過ぎた。
毎週月曜日の夜診にこられていたが、急にこられなくなって3週間目に・・
『 実は大学病院に入院してました。
黄疸が出て、胆汁外ろうから、内ろう化してもらいました。』 
体重が減って、脚にむくみが出てきている。
腹水も少し認めるようになった。
しかし、彼は前からの計画で八甲田山に登りたいと言う。
「登山は無理です」と言ったが、『車で行って、ロープウエイだけでもいいだろうか?』 と言われる。
「だめです」とは言えなかった。
「何かあれば、最寄りの先生にこれを」と言って診療情報提供書を作成した。
『僕はこれでもう思い残すことはありません』と顔中笑顔であった。

彼が無事帰って来て、もう一度このさわやかな笑顔を見せてくれることを願っている。

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