僕の姓は珍しいが、その人の姓もとても珍しいものだった。
幼い頃から、時々耳にした。
母親のいとこにあたるらしい。
『あの先生はなあ・・とてもいい人でなあ・・頭が良くて・・親切で・・患者さんがいつもいっぱいでなあ・・』
僕の先にも後にも医者はいない。
ある親戚のおばさんは家に来る度に、『この子はあの○○先生によう似とる。医者にしたらええ医者になるよ。』といつも言った。
その人は、内科の勤務医であったようだ。
大阪大学医学部を出て、町の病院で働いていたようだ。
しかし、父はそういうときに不機嫌になった。
『医者は早死にする・・あんな仕事はやるもんじゃない!』と言い捨てた。
幼い心に深くその言葉は沈んだ。
父の予想通り、その人は50才になる前に胃ガンで亡くなった。
『あれは仕事のやり過ぎだったから・・』と父は言った。
母は何も言わなかった。
父の会社が倒産し、無一文になって、僕は医者になろうと決心した。
父は『大学へなんか行くな、働け!』と言った。
僕は父の反対を押し切って、奨学金で医者になった。
僕は、会ったことも見たこともない、その人に惹かれて医者になった。
しんどいとき、つらいとき、いつもその人を思い出す。
その人と同じ生き方がしたかった。
この人が原点だった。
その人は、クラシックが好きで、自宅で・・・・クラシックを聴きながら亡くなったと聞いた。
僕はその人より長生きをしている。
医者になった頃、僕は50才前に死ぬ覚悟をしていたというのに・・
遅い夏休みに両親の墓参をして、このことをもう一度噛みしめた。


コメント
コメント一覧 (4件)
私は実際の血縁上の父ではなく
人生の上での精神的な父親と言うのを
他の人に強く思ってきました。
中学時代のバレーの先生だったり
面倒見の良い友人の親父だったり
可愛がってくれた大學の教授だっったり・・
それは色々かわりました。
本当はそれが一緒になれば良いのでしょうが
それを分けていかなければいけない状態って
有りますので、そうしました。
父は只反面教師でした。
あなたのお父さんは反面教師では有りませんが
そのお医者さんは、精神的なお父さんの趣があります。
その先生へのあこがれも、私の心の軌跡に似た響きがあります。
池田さん、コメントありがとうございます。
確かに第二の父親像を見たのかもしれません。
しかし、老いるに従って、自分が本当の父親に似てくるのも感じています・・
私の患者さまにも、クラシック音楽を聞きながら。。
お亡くなりになった方がいます。
家族や友人に囲まれての安らかな最後でした。
48歳という年齢が無念でしたが。
夏が終り、私もBGMを夏の曲からクラシックに変えました。
今日は、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61。。。
秋だというのに、周辺が妙に騒々しい。。。
こんな時はいい音楽で癒されたいですね。
クラシックは、癒されますね
いつ聴いても、違う感動を味わえる気がします。
いつも、新鮮でこちらの感情と対話できるような感じです
秋になってきましたね
いろいろ、また聴きたいです