現職場を完全に退職するに際して職員に贈る言葉を書いた。
職員の皆さまへ
お疲れ様です。
さて、私はご存じの通り、本年9月末をもちまして29年間勤めて参りました当法人を退職いたします。(平成7年10月以来22年間の常勤とその後7年間の非常勤でした。)
『老兵は死なず。ただ消え去るのみ。』といった心境です。
現在、小宅よりも前から勤務している常勤職員は検査室部長の○○さんのみのはずです。(非常勤では、□□さん、△△さんがおられます。)
患者さんとも、職員とも、多くの出会いや別れを経験してきました。
長く診てきた患者さんに退職の挨拶をする時はいつも熱いものがこみ上げます。
『何で辞めるんや!まだ元気やないか!』などお叱りを受けることが多くありますが、一方で『あぁ、いつかこの日が来るんかと心配してました。』と言われる方も多くおられます。
そして、『これからもうずまさ診療所、太秦病院を頼りにしています。』と言われます。
職員の皆様、長い間、大変お世話になりました。『太秦病院』で精一杯働かせていただきました。楽しい思い出や辛い思い出、悲しい出来事など、多々脳裏に浮かんできます。
在宅事務の○○君、総師長の□□さんとは本当に悲しい別れになりました。戦友を失った気持ちでした。
平成7年夏に保津川の河原でバーベキューパーティーを開いての歓迎会を催していただきました。『家族的な良い病院だなぁ』という印象でした。
当時の太秦病院は、現うずまさ診療所の敷地に灰色の4階建、屋上プレハブの建物だけでした。当時の事務長から、『本当にこの病院に来ていただけるんですか?』と何度も念を押されましたが、自分が頑張るところはここなんだと決意していました。
狭い病棟詰め所、狭い外来診療室、狭い通路でした。病室は3階と4階にあり、医局や当直室は屋上プレハブの畳の部屋でした。
でも、『小さくてもキラリと光る病院』になろうと頑張りました。
諸会議を整備し、委員会を立ち上げました。緩和ケア委員会やNST委員会では患者さんに対し、どうチーム医療で臨むか話し合い、情報共有し、連帯感を培い、苦労や成果を分かち合うことができました。辛いことや達成感を共有しました。
武田信玄の言葉に、『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』という有名な言葉があります、まさにこれだと思います。一人一人の職員を大事にすることです。
そして、我々の目指すものは『温かいハート❗確かなスキル❗確固たるチームワーク❗』なのです。これがあれば、明日の太秦病院は安泰です。
綺麗で快適になった新太秦病院、うずまさ診療所、第二診療所があります。しかし、患者さんからの信頼や安心は建物から得られるものではありません。そこで働く人にかかっています。地域に誇れる社会医療法人として発展されることを願っています。
進むべき道、理念を共有し、誇り、情熱をもって頑張れる集団、確固たるチームワークがとれている集団であり続けてください。このことこそ経営好転の神髄と信じます。
これをもって、退職するにあたり皆様に伝えたい最後の言葉とします。
2024年8月

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