市立病院耳鼻科からの紹介で、初回往診だった。
12才年下の夫と独身の二人の息子と4人暮らしということであった。
訪問すると、車庫に続いて広い土間があった。夫が出てこられた。
土間から食卓が置いてある居間に案内された。大きな木の食卓があって、そこに本人は小さな身体でぽつんと座ってにこにこされていた。
当日は長男と夫が同席された。
口蓋がんで、放射線治療が一時は効いたが再発したということで、耳鼻科でもどうしようも無く、今後は緩和的にフォローするしかないと診療情報提供書には記載してあった。最寄りの緩和ケア病棟へは紹介がされていて、いつでも受け入れは可能ということであった。
送付されてきた画像検査でも、腫瘍の広がりはひどく、眼球への圧迫や顔面骨の融解もあり、顔面の変形や腫瘍の露出は想定していた。年令は90才ということでもあったし、ほとんど食べられていないということだったので、相当の衰弱を予測しての訪問だった。
実際もその通りであった。右頬が盛り上がり、右目はほとんど閉眼状態で口はわずかに開くだけで左の鼻の下は陥没していた。口腔内に大きな癌性潰瘍があった。
穏やかに話しかけると、しっかりと何でも応えてくれた。耳も聞こえている。眼も見えると言ってくれた。食べられないのが辛いですと言った。でも、終始にこにこして応えるのでほっとした。声はこもって鼻に抜けていたが聞き取ることはできた。
付き添っている長男と夫の方が表情が硬かった。二人の男性は寡黙であった。
やっと長男から『告知を受けています。正直つらいです。』と言われた。『これからどうなるのでしょう?どうしたらいいんでしょう?』と素朴な質問であった。食事は液体状のものかとろけるような物しか入らなかった。むせは無かった。痛みも無いようであった。
息子さんも夫も本人自身も辛いのは、『このままどうなるのだろう?』『どうしたら良いのだだろう?』ということであった。
治療は難しいことは受け入れていた。実際に処方は外用薬以外は栄養補助食くらいのものであった。
初回訪問での方針は、頻回に訪問して安心してもらうことしか無いだろうと思った。本人に確認したところ、『入院は嫌であること、家にいたいこと』を確認した。家族も緩和ケア病棟への入院も視野に入れつつ本人の希望に沿って今後は在宅緩和ケアを行っていく方針とした。
苦痛の除去しかない。『治すことはできないけど、苦しくないようにしますからね〜』と説明した。
続く)
口蓋がん終末期

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