小宅の起源を探る

小宅という姓は珍しい。珍しいが全国にちらほら見かける。
亡くなった父も兄も晩年によく小宅のルーツにまつわる話をしていた。令和2年の夏に82歳で亡くなった兄の小宅信吾が書き残した原稿がある。亡くなる前に弟である自分にそれを託してきたのだった。そこには、彼が調べた限りの情報が残されている。貴重な資料を預かったのだった。
しかし、今年令和7年には実家の墓も時代の波の中で墓じまいになることが決まった。しかたの無いことだと思っている。しかし、墓は無くなっても、自分もいつかこの世にいなくなってもこの貴重な資料は残しておきたいと思う。永遠には残らないだろうが、しばらくの間は残るだろうし、いつかここを訪れる人もいるだろうから。

目次

小宅姓について

(せい、かばね)とは、Wikipediaによれば、主に東アジアの漢字文化圏・儒教圏で用いられる血縁集団の名称とされている。現代における(せい)は、名字・苗字(みょうじ)や(し)ともいう。
地名や風景が由来のもの、職業が由来と思われるもの、藤原家が由来のものなどに分けられるがあてはまらないものも多い。珍しい姓もある。
全ての国民が名字を使うことを義務付けられた当時は、夫婦別姓であったようだ。その後、1898年の明治民法によって夫婦同姓の原則が定められ、夫婦は必ず同じ名字を名乗ることとされたらしい。現代では夫婦別姓が主張され始めている。
小宅姓は、名字由来ネット(参考資料 名字由来net)で検索すると4610位で全国で小宅を名乗る人はおよそ2300人とあるから珍しい姓と思われる。有名人としては、小宅珠美さんというジャズフルーティストや高校野球で慶応高校のピッチャーの小宅雅巳君がいる。ずっと以前にも九州の高校野球選手にも小宅君がいた。ドクターや学校の先生もおられる。
読み方は、『おやけ,こやけ,こたく,おおや,こたけ,おたく,おたけ』などとされているようだが、おおやとか、こたけとか、おたけと呼べるのだろうか? 多い地域は福島県、栃木県、東京都、茨城県、神奈川県などであるようだ。
名字由来netによれば、小宅の由来は、「現栃木県である下野国芳賀郡小宅村が起源(ルーツ)である。」と記載されているが、たつの市のことは明記されていない。

小宅という地名について

地名で「小宅」がつく場所を検索すると、全国で3カ所を見つけた。しかし、栃木県の二つの地域は近いので一つとして良いのかもしれない。

兵庫県たつの市小宅

一つは兵庫県たつの市にある。そこには小宅神社小宅小学校小宅寺もある。
何年か前にたつの市立小宅小学校6年生の生徒達による「おやけのまち」(地域の歴史 語り人 プロジェクト180人会)というレポートがあり詳細に述べられている。

栃木県芳賀郡益子町小宅

もう一つは栃木県芳賀郡益子町小宅でここには小宅古墳群があり小宅川が流れていて、春には桜と菜の花の名所となっている。

栃木県小山市小宅

さらにもう一つは、栃木県小山市に小宅があり、ここには小山市を流れる思川に架かる小宅橋があり台風で被害にあったようだ。近くにはしもつけ風土記博物館がある。

『たつの』の寝観音(寝釈迦)

冒頭の写真は、故郷の実家から見えるたつのの寝観音像寝釈迦像とも言う)。父から教わった。実家は揖保郡揖保川町正條というところで揖保川沿いにある。揖保川は、昔はもっともっと水量が多く、カワウソも住んでいた。1957年引原ダムが竣工して以来、他の要因もあるのだろうが年々水量が減った印象である。手前に見えるのはJR山陽線でその奥に国道2号線が走っている。すぐ後ろには山陽新幹線が走っている。
たつの市の小宅地域はこの寝観音の頭のやや右手付近にある。小宅という姓はこの小宅地域には一軒も無い。実家近くの正條の中に3軒あるのみである。一つは我が家、もう一軒は浄栄寺というお寺、もう一軒は歯医者さんだった。
たつの市は、2005年(平成17年)10月1日に龍野市、新宮町、揖保川町、御津町が合併して誕生した。


子供達(信吾、長女、次女、映士)がそれぞれ、故郷を離れて東京、大阪、奈良、京都で家庭を持ち両親だけで暮らしていたが、母親が肺がんで亡くなり、その後父親は一人暮らしを長くしていた。子供達が交代で世話のため帰省していたがついに衰弱し自宅で亡くなった。その後は長男が引き継いだが、東京から帰ることは困難で実家のメンテナンスを東京から訪問してやっていた。しかし、廃屋維持は大変であり、ついに2017年に実家じまいをした。現在は他の方が新しく家を建てて暮らしておられる。
写真は、右手の山が龍野城や赤とんぼ荘、三木清の銘がある鶏籠山で、お釈迦さまの頭に見立て、両見峠が首、的場山から亀山にかけての起伏が胸から腹にあたるところである。揖保川の上流から見た景色は頭が左になる。寝釈迦とも言われ、以下のページに写真が掲載されている。(姫新線利用促進・活性化同盟会参照)

次回は兄の遺稿を収載

兄の遺稿は、タイトルが無い。
従って、弟の自分が仮題をつける。長い長い原稿であるが原文を載せたい。
仮題は、『播磨風土記から紐解く小宅のルーツ』とします。

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この記事を書いた人

⼩宅 映⼠(おやけ えいじ)
趣味は、テニス、写真撮影、音楽鑑賞など

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