この映画は2008年に封切られた、もう15年以上も前の作品になる。
それでも、今まで観ずにいた。
義母が旅立ったことをきっかけに、ふと「おくりびと」を観ようと思ったのだ。
人の死と向き合うことの重み、そして儀式の意味。
画面に映し出されるすべてが、今の自分の心にしみ込んでくるようだった。
【監督】滝田洋二郎、
【主演】本木雅弘、【共演】広末涼子、山崎努、余貴美子、吉行和子、笹野高史、杉本哲太他
【音楽】久石譲
第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞、第32回日本アカデミー賞では最優秀作品賞を含む多数の賞を受賞。
あらすじ
主人公・小林大悟(本木雅弘)は、かつて楽団のチェロ奏者だった。だが、突然の楽団解散で職を失い、生活は一変する。妻美香(広末涼子)と共に故郷に帰り、職探しをした。新聞の募集広告で『旅のおてつだい』というものが目にとまった。高給で条件も良かったからだ。NKエージェントというその会社を訪ねていった。
そこで、『旅のおてつだい』が実は誤植で『旅立ちのおてつだい』だと聞かされた。NKとはNohKanの頭文字だったのである。
納棺の見習い助手として働き始めたが、妻にはなかなか仕事の内容を打ち明けられなかった。妻は結婚式場の仕事と思い込んでいた・・・
NKエージェント社長佐々木(山崎努)の真心のこもった丁寧な納棺師としての仕事ぶりに大悟は感銘を受け、納棺師をやっていこうという気持ちになっていった。
しかし、妻の美香や幼なじみの銭湯「鶴の湯」の息子である友人山下(杉本哲太)には理解されなかった。妻には『汚らわしい仕事は辞めて!』と言われたり、山下には、『もっとまともな仕事をしろ!』と言われてしまう。
通い慣れた銭湯「鶴の湯」の女主人山下ツヤ子(吉行和子)が亡くなる。その納棺を行う姿を息子の山下も妻の美香も見ていた。その仕事ぶりを目にする。
大悟は何も語らない。ただ、真心をこめて遺体に向き合う。
その背中を見て、美香の心は変わっていった。
心を揺さぶるシーン
石文
大悟は悲しい過去をもっていた。父が幼い頃に家を出てしまったのだった。父が自分を捨てて出て行ったのだと大悟は思い込み、憎んでいた。父の顔も思い出せなかったが、父と川原で石を交換したことを覚えていた。自分が渡した石は丸い石だったが父からもらった石はゴツゴツして大きな石だった。
石文(いしぶみ)というものは、人々が文字を知らなかった大昔、ツルツルした石やゴツゴツした石など、表面の感触で自分の状態、気持ちを表し、遠く離れた家族や恋人に人づてに送り伝えたというものだそうだ。
無数の石の中から、自分が選んだ1個の石で相手に何かしらのメッセージを伝える。石文の中に真心が見える。
父の急な死を知り、30年も会っていない父の死への思いは複雑だった。放っておこうと思った。しかし、妻やNKエージェントの事務員上村(余貴美子)の説得で妻と一緒に駆けつけた。そして父の遺体の納棺を行うのであった。
その時に握りしめていた父の手の中から丸い白い石が出てきたのである。自分が幼い時に手渡した丸いつるつるした白い石だった。その石を、ずっと父が持っていてくれた。自分をずっと思っていてくれたことを知るのであった。
死は門
「鶴の湯」の50年にわたる常連客平田(笹野孝史)の仕事は火葬場の職員だった。その長年の経験から、「死は門である」という信念を持っている。ツヤ子の火葬も担当し、ツヤ子の息子に「鶴の湯」を継ぐ事を伝える。
平田の言葉に重みを感じた。「死は門だな。死ぬということは終わりということでは無くて、そこをくぐり抜けて次へ向かうまさに門です。」
平田のこの言葉は、自分の胸に静かに灯をともした。
我々はみな、旅立ちの時を迎える。そのとき、誰かがそっと寄り添ってくれること。
それがどれほど尊いことか、『おくりびと』は教えてくれた。
登場人物たちの魅力
本木雅弘はハンサムであり真摯な顔立ちで真心が伝わる演技をする。
山崎努は苦虫を噛みつぶしたような顔をしてこの道のプロ、NKエージェント社長佐々木を見事に演じている。
精緻な手技と心のこもった所作は小林を感動させた。
妻美香(広末涼子)はキュートな妻を演じ、夫の仕事を目の当たりに見てからは本当に夫の支えになった。
大悟は言い訳をしたわけでは無い。なんの説明をしたわけでも無い。しかし、美香は夫の納棺師としての仕事ぶりを見て夫の真心を知ったのである。愛をもって夫を見つめる表情が素晴らしい。
久石譲の音楽
久石譲の音楽がこの映画をさらに感動的に盛り上げている。
チェロを主体に穏やかな優しい温かい音楽が流れていく。
弦楽器の優しさ、温かさ、哀しみがこの映画を包み込んでいる。
大悟の奏でるチェロはろうろうと唄うのであった。
久石譲の音楽に心が揺さぶられるのだった。
真心がすべてを貫く
映画『おくりびと』の主題は真心だと自分は思う。
真心を尽くせば言い訳や説明は無用だということが分かる。
終始、そのことが貫かれてている。
人の死は尊厳そのものである。真心を込めておくるのである。
おくりびとの美しい所作が真心を表現している。
遺体を清め、装束を改め、化粧をするその所作は見事である。感動を呼ぶ。
思わず、胸の奥でつぶやく。「なんという尊い仕事なのだろう」と。
キスマークもルーズソックスも笑えるが尊い。
そして今、ふと静寂の中に立ち止まる。
真心とは、音もなく、言葉もなく――
それでも確かに、ひとの心に届くものなのだと。
この映画は、それを教えてくれた。
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