はじめに
内視鏡検査の研修は、虎ノ門病院で始めた。昭和53年頃であった。師匠は故福地宗太郞先生であった。胃カメラの時代は終わろうとし、直接胃の中が見えるファイバースコープの時代に移行する頃であった。『胃カメラ』という言葉は使わないように指導された。胃カメラは昔の言い方で今は直接観察しながら撮影するので『ファイバースコープ』と言いなさいと厳しく言われた。
しかし、今では一般的にイメージがわきやすいからか『胃カメラ』と一般的に言われていると思う。
最初は側視鏡で習った。だから、挿入時に食道入口部が観察できないので、ブラインドで入れなければならなかった。ファイバースコープもまだ太く硬かった。これを患者さんを苦しめずに入れることができるようになることが目標だった。患者さんの体位、自分の姿勢、患者への声かけなど厳しく指導を受けた。これで挿入できて一人前と言われた。
送気はファイバースコープ先端が幽門部に達してからする様に徹底された。そうしないと胃の緊張が高まり、蠕動が激しくなり患者さんが辛いので守る様に指導された。
ファイバースコープが直視鏡となり、細く柔らかくなった今でもそのことを守っている。ファイバースコープの屈曲操作や胃内通過に際しては、解剖学的な胃の走行に合わせて自分の身体やファイバースコープのひねりを利用して入れて行く。この教えが今でも役立っている。
電子内視鏡が発達し、治療への応用が進んだ。食道静脈瘤の硬化療法も早期胃がんの粘膜切除術、総胆管結石除去術など内視鏡的治療もいろいろやった。
さらに細径化が進み、経鼻内視鏡も誕生した。今や内視鏡検診では半数以上が経鼻内視鏡を希望されている。消化器内科を専門としてから、上部消化管内視鏡検査はずっとやり続けてきた。おそらく、年間700〜800件はしてきただろう。今も検診クリニックで週に2回、8件/日ペースでやっている。42年間とすると、30000件以上はしてきたことになる。
さて、内視鏡医としての仕事もあと一月足らずで終えようとしている。よくやってきたなと思う。
『楽な胃カメラでした!今までいちばん楽でした!』などと言われると嬉しい。いつも故福地先生に感謝している。
胃潰瘍や十二指腸潰瘍が珍しい
ヘリコバクター・ピロリ(以後ピロリ菌という)が発見されたのは、1979年のことであり、オーストラリアのウオーレン医師、マーシャル医師による。2005年にノーベル医学生理学賞を授与されている。画期的な事であった。
我が国には、胃がんで亡くなる方が大変多かった。ヘリコバクター・ピロリ学会では、2009年1月にヘリコバクター・ピロリ感染症の全てに除菌の適応があるという見解を出した。当初、1.胃潰瘍、2.十二指腸潰瘍がまず保険適応となり、2010年6月より、3.胃MALTリンパ腫、4.特発性血小板減少性紫斑病、5.早期胃癌に対する内視鏡治療後胃に保険適応が追加された。慢性萎縮性胃炎への適応は、2013年(平成25年)2月から始まった。保険適応が始まる前から自費で除菌治療を希望される人が大勢いた。ヘリコバクターピロリ学会にはすぐに加入して専門医資格も取った。全国でピロリ菌の除菌治療がどんどん進んだ。
それから徐々に、内視鏡検査で胃潰瘍や十二指腸潰瘍に接することが減っていった。以前は、胃潰瘍や十二指腸潰瘍は消化性潰瘍と言われていて、薬で治しても再発することが常識と考えられていた。ずっと薬の治療を継続しなければならなかった。胃潰瘍で苦しむ患者さんが多くいた。吐血などで危険な状態に陥る人もいた。(夏目漱石は胃潰瘍だったのだろうと思う。今ならきっと助かっている!)
ピロリ菌の除菌が軌道にのってからは潰瘍が激減した。つまり、ピロリ菌を除菌すれば完治するのである。素晴らしいことだと思っている。今では何件も内視鏡検査しても潰瘍の患者はまずいなくなった。
あれだけ多かった胃がんが減った
胃がんも激減した。日本人は高齢者と若年者でピロリ菌陽性率がずいぶん違う。高齢者には高率に陽性者がいて、若年者ほど未感染者が多い。これは日本の衛生環境向上によるものだ。ピロリ菌未感染者からの胃がんは発生はまれである。胃がんの1〜2%にピロリ菌未感染者がいるとされているが、未だにお目にかかったことは無い。
(ピロリ菌は3歳くらいまでの間に経口感染し、保菌者(持続感染者)となってしまう。成人からの持続感染者はいない。)
さらに、社会人は健診機会が増え、ピロリ菌検査が浸透し除菌治療を受けられる方が増えている。また、ピロリ菌除菌後の内視鏡経過観察で胃がんが発生しても切除(多くは内視鏡切除で治癒されている)に持って行ける方がほとんどで、胃がんで亡くなられる方が減少している。素晴らしいことだ。『親が胃がんだったので・・・』と心配されている若い人が多いが、胃がんはほぼ感染症が原因なので感染治癒に持って行けたら癌の予防になるのである。将来は義務教育の年代でピロリ菌検査を全員に行い陽性者を除菌することによって我が国から胃がんはほぼ消滅するだろうと言われている。
このような癌の発生に関わる感染症としては、ピロリ菌以外に、肝がんの原因となるHBウイルス感染やHCウイルス感染、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス感染などがあり、癌の20%もの原因とされている。
年齢調整死亡率の推移を見ると、男性、女性共通して胃がん、肝臓癌は激減し、大腸と肺が増えている。女性は乳がんも増えている。
内視鏡検診のあり方に思う
内視鏡健診の対象者は、働き盛りの人たちで年齢的には40〜50代が多い。しかし、この年代はピロリ菌未感染者が多く、きれいな胃をされている。しかし、毎年のように健診に来られる。
せめて、ピロリ菌未感染者は2〜3年に一度で十分と思われる。ピロリ菌除菌経験者(既感染という)は毎年内視鏡健診を受ける必要がある。胃がんが早期発見できるからである。早期発見された胃がんは大抵は治せる。内視鏡的粘膜切除術で完治できる場合が多い。
従って、未感染者は2〜3年おきの内視鏡健診、現感染者の方にはピロリ菌除菌を強くお勧めし除菌成功したら毎年必ず内視鏡で(バリウム検査ではなくて)健診を受けるように勧めている。最低10年は毎年内視鏡をした方が良い。10年過ぎれば2〜3年おきで良いと思う。
ラッキーポリープは広く周知した方が良い
内視鏡検査で、ピロリ菌未感染者と現感染者、既感染者はほぼ診断可能である。
未感染者の特徴は、RAC(胃粘膜上の正常血管像のこと)が明瞭に観察され、おまけに胃底腺ポリープ(噴門腺ポリープとも言う)やヘマチン付着(ほくろのような小さな点)があれば、診断できる。
胃底腺ポリープは生検などする必要もなく見た目で診断可能であり、フォローする必要も無いポリープである。さらにこのポリープは、ピロリ菌未感染を示してくれる意味のある良いポリープである。時々、このポリープをずっと気にされる方がいるので残念に思う。このポリープは『胃がんができにくい胃ですよ〜』と語ってくれているもので、ラッキーなポリープなんですよと説明することにしている。除菌後長期(10年以上)経過した方は今まで認めなかった胃底腺ポリープが出現してくる。これを見たら、ほっとする。
現感染は、このRACが乱れ、幽門前庭部(胃の出口付近〜胃角部まで)の粘膜色調がしもふり状に観察され、かつ胃体上部や胃底部付近に点状発赤がびまん性に認められることや、粘膜がむくみっぽく、胃のひだが太く蛇行していて、胃液が濁っていることなどで診断できる。
上記の点状発赤が無く、ヘマチン付着があり、ひだも太くなく胃液もきれいであれば除菌が成功しているとほぼ言える。つまり、既感染という状態である。
萎縮性胃炎は、胃の出口(胃の下の方)から始まり、長く感染が続いていた高齢者ほど萎縮が胃の入り口(上の方)や胃全体に広がってしまう。これが、軽度、中等度、高度と分けられ、さらにそれぞれが二つに分けられ6段階に区分される。軽度の人ほど胃がんのリスクは低い。高度の人はリスクが高い。
腸上皮化生といって、胃粘膜でありながら、腸の粘膜の様に化生(変化)してしまっている胃はリスクが高い。
ピロリ菌持続感染者の経過は、青年期に十二指腸潰瘍〜胃潰瘍を発症しやすく、この時期に運良く除菌できた人は胃の萎縮性胃炎は軽い場合が多いのである。
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